窓の外
「あら、地球が燃えてる」
外を見ていた妙子がそういった。いつもなら地球は黄色に輝いているが、放射能汚染がひどくなってくると赤く見えるようになる。
「赤く見えるだけだろ」
宏司は意にも介さず、ドキュメントに目を通していた。第二期海王星移住の募集が開始されたのだ。太陽系の果ての星には何もないが、ただ一つ火星にはない将来の希望がある。宏司はそのたった一つの希望に賭けて、生まれたときから住んでいる火星を捨て、海王星に移住したいと考えていた。
地球で生まれた妙子は、地球に帰りたがっていた。地球は放射能汚染がひどく、人間が生活できるところは地中深くに作られたわずかなシェルターだけになっていた。絶望しか残っていない地球に妙子が帰りたがる理由は、火星で生まれた宏司には理解できなかった。
その火星も今では人口飽和状態で、古いシェルターは生命維持装置の故障が頻発していた。妙子と出会う前に宏司が暮らしていた五号シェルターも、六年前の事故で廃墟となっていた。
「海王星は暗くて寒いらしいですよ。わたし、あんな星に行きたくない」
海王星移住の応募書類を準備している宏司に、妙子は言った。
「ここにいたって希望なんかないだろう」
宏司は妙子の意見を聞くつもりはない。ドキュメントを一字一句逃さないように目を通しながら、自分たちに応募資格があることを確認していた。
「希望はあるわ」
外を見るのをやめた妙子は、ゆっくりと宏司の方に近づいていった。
「お腹の中の赤ちゃんが私たちの希望よ」
宏司は驚いて顔を上げ、妙子の方に向いた。普段から穏やかな妙子の表情が、さらに穏やかになっているような気がした。
妙子が妊娠したということは、海王星移住の応募資格を失うということだ。三年前から移住のことだけを考えて準備してきた宏司は、しかし不思議と落胆しなかった。妙子の言うとおり、宏司にとっても新しい命の誕生は新天地でのチャレンジ以上の希望なのかもしれないと考えながら、ドキュメントを閉じた。
「子どもが生まれたら、妙子の生まれた星にも一度いってみようかな」
宏司はぽつりとそういった。いつもにも増して真っ赤な地球を眺めながら。